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独り者より大人っぽく感じる

結婚している人の方が、どちらかというと独り者より大人っぽく感じるのは(子供なまんまの人もいるが)そうして忍耐というものを知っているから、という理由の他に、現実に結婚していること=結婚に対する幻想がある程度壊れている、からだと思う。幻想が壊れた、という言い方がひっかかるなら、想像でしかなかったことを体験した者の実感と言い換えてもいい。私も結婚前で若くて素直だった(?)頃は、世の中の情報を疑わずに鵜呑みにしていた。そういうのを耳年増というのだろう。本を読んだり映画を見たり、テレビや雑誌や親や友人や仕事先の人から聞いた話や、そういうものを総合して「夫婦とはこういうもの」というイメージをつくり上げていた。いいことばかりでないことはもちろん知っていた。けれど、たとえば「多くの男の人は浮気をするもの」という知識はあっても、若い時は現実的にそれが原因で離婚した夫婦なんて見たことがなかったし、本や映画の中では結局もとのさやに収まっていくものが多かったように思う。流行りの歌の歌詞は「あなただけを永遠に愛する」とか「あなただけを信じていく」みたいなものが多かったし、それはとても耳触りがよかった。愛のむなしさ、人の裏切り、やがて倦怠してゆく男女の仲、きれいごとだけで運ばない現実の生活。そういうものがあることにはうすうす気がついてはいても、気分がいいものではないし、夢を見ている分には要らないものなので見て見ぬふりをしていた。そして私は私なりに結婚というものに幻想を膨らませた。自分用に用意された(赤い糸で結ばれた)特定の男の人と、いつか(といっても二十代のうちに)巡り合って結婚する。そして喧嘩をしても、仲のいい兄妹みたいにすぐ仲直りできて永遠に私達は愛し合っていくことができる。なにしろ他には誰もいないのだから、愛し合っていくしかないのだ。結婚するということは、私にとって「他のすべての男性との恋愛をあきらめること」だったし、相手も「他のすべての女性との恋愛をあきらめること」なのだと思っていた。当たり前だが、自分の都合のいいように勝手に膨らませた幻想と、現実の結婚生活はあまりに違う。どのくらい違うかというと、エキゾチックで美しいインド映画と実際のインドの実生活くらい違う。しかし憧れや幻想を持つのが人間というものだ。誰だってまだ体験していない楽しそうなものには憧れと期待を持つ。そしてそれを経験した時、自分の中の想像と現実のズレを認識する。しかし幻想は百%壊れるわけではないだろう。はじめてインドに行った時、私が勝手に抱いていた幻想と、その現実のギャップは大きかったけれど、見聞きしたインドの美しさと力強さはまるごと嘘だったわけではない。結婚にも思った通りの喜びをいくつか見いだせるはずだ。幻滅はあっても、思いがけない良さも発見するだろう。だから、一度失敗しているはずなのに、まだ私は結婚に対する幻想を持っている。それは、特に長い年月を過ごした夫婦に対するものだ。自分の親はあまり仲のいい方ではないけれど、知り合いのご両親は六十代になっても肩をよせあって夏の花火を見上げるほど仲がいいらしい。これは想像だが、彼らだって若い時に持っていた幻想は一度は現実の生活に押しつぶされているはずだ。けれどペシャンコになったところから、その人達は地道に関係を築いて今に至っているのだろう。努力すれば誰もがそうなれるわけではないし、そういうパートナーと巡り合えるのは運に頼らざるを得ない部分が大きい。けれど、そういう幸せな熟年夫婦が実在することが、私に幻想を捨てさせない原因になっているのかもしれない。

[参考]
東京の結婚式場なら南青山ル・アンジェ教会
http://www.le-anges.gr.jp/
教会結婚式場のご案内 | 南青山ル・アンジェ教会
http://www.le-anges.gr.jp/chapelle/wedding.html