人々を見守るお地蔵さん全国各地で見られるお地蔵さん。一般的には「子供の守り神」として信じられ、昔から地域の人々に愛されてきました。丹後でも数多くの地蔵が安置されていますが、ここでは特徴的な地蔵をいくつか紹介しましょう。由良ヶ岳中腹にある長谷地蔵は、別名「日限地蔵」といわれる願かけ地蔵です。日を限って願いごとをすれば、かなえられるといわれています。宮津市難波野には、十数段にわたって並べられたおびただしい数の地蔵が安置されています。伝承ではかつてこの地より干体の地蔵が掘り出されたといわれ、千体地蔵と呼ばれています。同じく宮津市の智恩寺境内には、多宝塔と向かい合うところに三体の石仏地蔵が立っています。雪舟の「天橋立図」にも描かれていて、いずれも室町時代の作とされています。本妙寺は、寛永二年(一六二五)に京極高広の室・寿光院が日蓮宗に帰依し、養父の二代将軍秀忠の菩提のために建立しました。寿光院は岡山藩主池田輝政の娘で、本堂裏の丘の上に墓塔(五輪塔)があります。山門の墓股に京極家の紋所の「平四目結」が見られます。経王寺は、本庄村(伊根町)の楊厳寺を日依上人が宗論の末改宗したといい、京極氏が現在の地に移し、娘の菩提寺としました。鬼瓦や長押の釘隠しに京経王寺の龍図極家の紋所「平四目結」が使われています。また、本堂の中央間の天井に描かれた龍図は、江戸時代後期の宮津の画家和田屏山が描いたもので、屏山最大の作品です。国清寺は、京極高広の室・寿光院が、父池田輝政の追福のために、田辺(舞鶴市)大泉寺の別源禅師を請じて創建した寺院です。同寺には、竜虎図、白衣観音図、達磨図、仏涅槃図、山水図など中世の絵画が多数残されています。
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