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4代ロベール・デュマ「セレブ」御用達

1951年にエルメスの「中興の祖」エミールが死去すると、娘婿のロペール・デュマ・エルメス(1898〜1978)が社長に就任する。ロベールの当面の課題は、新規参入したシルクと香水部門を軌道に乗せることだった。この時期にたまたま、ブルゴワン(リョンとグルノーブルの間の小さな村)の染業者がシルクスクリーンによるスカーフ製造技術を売り込んできた。事業の本格展開を考えていたエルメスにとっては渡りに船といったタイミングで、従来の木版にはない鮮やかな発色のスカーフがエルメスのラインナップに加わった。スカーフは現在も、繭を輸入した後の全工程がリョンで行なわれている。1枚のスカーフに使用される色数は2色から多いときには40色程度になるというが、色数と同数の版をつくり刷りを重ねる。染料もいまや6万種を超えるという。シルク部門の安定を背景に紳士部門が設けられ、1960年代にはスカーフのデザイナーによる「いたずら書き」がきっかけで、動物柄や幾何学模様などの新機軸のネクタイが作られた。いまでこそ、ひよこやあざらしなどが描かれた茶目っ気のあるネクタイも珍しくないが、かつては無地かせいぜいストライプ模様が基本だったから、これは当時としては随分、斬新な試みであった。香水部門も本格稼動を始め、1961年には名香「カレーシュ」が登場する。こうした動きはあるものの、基本的にロベールの時代は事業の安定に主眼が置かれている。マスメディアの発展とともに、良くも悪くもブランドイメージの保持が問題になった。